俺の独り言(シニア男の本音トーク)のブログ

台湾東部、花蓮に家族で移住したシニア世代に突入した中年男の本音トーク。同年代に送り届けたい独り言。若い世代に残したい独り言。

俺のもう一つの顔

人生は一度しかない。生きている間に、どれだけの経験が出来るか。

俺達の世代になってくると、今まで生きてきたのと同じ年数を生き続けるってことは難しくなってくる。

故に、残りの人生は中身の濃いものにしたいよな。ただ単に、時間だけが過ぎていくような生き方はしたくない。


俺が最初に体験した別世界の体験。それは芸能界だった。

あるご縁でプロダクションの社長と知り合いになり、「丁度、ドラマで50歳前後の役者を探しているんだが、出て見ないか」という誘いがあった。

面白半分で、「いいですよ」と軽い気持ちで返事をしたのが、この世界に入るきっかけになった。

しばらくするとプロダクションのマネジャーという人物から電話が入り、「○月○日、午後五時に○○スタジオまでお越し頂けますか」というものだった。

丁度その日は仕事も入っていなかったので快諾し、当日、現場へ向かった。

スタジオの入り口でマネジャーが待っていて、一緒にスタジオへ入った。

するとマネジャーから数枚の紙きれを渡された。そして、「これが今日のセリフです。まだ時間があるので本番までに覚えておいてください」というものだった。

正直、セリフがあるとは思ってもいなかった。しかも、ある役柄の方とそこそこのやり取りがあるものだった。

「おいおい、セリフがあるって聞いてなかったぞ。しかも、こんなにも。」と思いながらも、とにかく覚えなければと思い、用意された控室で大好きなコーヒーを飲みながら原稿に目を通していた。セリフも頭に入った頃、ふとあることに気付いた。

「ところで俺、なんというドラマに出演するんだ?共演者は誰なんだ?」いやはや、呑気者というか何と言うか、今頃になってその事が気になりだしたのである。

すると一人の女性に名前を呼ばれた。俺はその女性の誘導で、「衣装室」と書かれた部屋へと通された。中には様々な衣装が用意されており、数名の女性が忙しそうに動き回っていた。

すると、その女性から「はい、こっちへ来て。そして、そこの衣装を着て」と指さした。指さした方向に掛かっていた衣装を見て驚いたね。普段、誰がこんなド派手な服を着る!!といった感じの、如何にも、あっちの世界の人!!という衣装だった。

そう、俺に与えられた役柄はあっちの世界の人。

言われるがままに衣装に着替えると、係の女性がズボンの裾をアッという間に直してくれた。神業だったね。

衣装に着替えると今度は、メイク室に。そこで、生まれて初めての化粧、そして、髪の毛にはムースをたっぷりとつけて、オールバックにされた。

これでサングラスをかけると、完璧にあちらの人だ。


用意が終わり、ロケバス出発までの時間、再び控室へと戻った。

控室には数名の人がすでにスタンバイしていた。みんな緊張した顔をしていた。

俺はと言うと、変なところで肝っ玉が座るというか、緊張感は一切なく、再びコーヒーを飲み、タバコを吸いながら、ボケーとしていた。他のみんなは、もらった台本を必死に読み返す人、鏡に向かって演技の練習をする人等々、様々だった。


しばらくすると、俺の肩を誰かが叩いた。俺は驚いて振り返るとそこには一人の小柄な白髪の男性が立っていた。「どこかで見た顔だなあ」と思いながら、俺は席を立ち、とりあえずは業界のあいさつ「おはようございます」と言った。

そして改めてその人を顔を見ると、有名な男優さんだったのだ。驚いたのなんの。

その男優さん、若い頃はメロドラマにも数多く出演されており、俺の母親もファンだった。最近では、関西出身ということもあり、関西が舞台の時には流暢な関西弁で、東京が舞台の時には標準語でと、ベテラン俳優さんとして活躍されている人だった。


その俳優さんが俺に「今日、僕を殺すのは君なんやなあ」と笑顔で話しかけてきたのです。

俺は「はい、今日、殺させてもらいます」と返事するとその人は大声で笑った。

「君、名前は?」と聞かれ、そこからしばらく、その人と話をした。その会話の中で、俺が以前から知り合いだった大阪のベテラン脇役俳優さんがいたのだが、その人の事をよく知っておられ、「そうかあ。○○さんと知り合いやたんかあ。撮影終わったら、○○さんと一緒に食事に行くことになってるやけど、一緒にいこ」と誘われた。


しばらくして、スタジオからロケバスに乗って、ロケ地へと向かった。バスの中でもその人はみんなの緊張を和らげるために、色々と面白い話を聞かせてくれた。

ロケ地に到着。当日は寒い夜で、しかも、設定は雨の夜。

ホースがあちらこちらにセットされ、雷光に見せるためのライトもセットされていた。


まずは、そのベテラン俳優さんがスタッフの皆さんにあいさつ。すると、監督より、今日の出演者の紹介があり、いよいよリハーサル開始。

何度も何度も、同じ場面をリハーサル。そして撮影。撮影が終わると、その都度、モニターで映り具合等々をチェック。もちろん、あのベテラン俳優さんも一緒に。ちなみに俺は後ろに突っ立っているだけ。意見など出来るはずもない。納得がいかない時は再度、撮影のやり直し。

雨降る夜という設定なので、もう衣装も何もかもベタベタ。おまけに寒い夜。

撮影が終わる度に、ストーブの前でガタガタ。


いよいよ、今日の撮影の見せ場。ベテラン俳優さんが俺に殺され、俺が雨の中を逃げていくという場面。何度かのリハーサルを終えた時、ADさんから、「では、次本番でいきまーす」と声がかかった。と、その時、そのベテラン俳優さんが、俺の方へと歩み寄ってきた。そして、「さっきから気になってたんやけど、何か引っかかるところあるんちゃうかあ」と聞いてきた。正直、俺の演技(その人を殺し、逃げ去る場面)で、どうも不自然に感じるところがあった。俺は正直にその事を話した。何故不自然なのかも説明した。

すると、その俳優さんが「そうやなあ。確かにそれは言えてる。一度、監督話してみる」と監督の方へ行き、話を始められた。しばらくして監督が「おい、ちょっと」と俺を手招きした。監督が「話は聞いた。一度、君が思うように演技してみて」と言われ、再びリハーサルとなった。それでなくとも時間は押しており、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、今さらもう遅い。やるしかない!と決め、自分の思うように演技させてもらった。すると、「はい、OKです!!」という声。そう、リハーサルと言いながら、実はカメラは回っていた。

ベテラン俳優さんがすぐに俺の傍まで走って来て「最高やったで」と笑顔で握手してくれた。


無名のしかも、全くの新人の俺に、芸歴何十年というベテラン俳優さんが、意見を求めてくれ、監督に進言してくれ、しかも、撮影終了後に駆け寄ってきて褒めてくれた。

その方、撮影中もスタッフや出演者に缶コーヒーの差し入れをしてくれたり、エキストラの人達にも声をかけたり、細やかな心配りの出来る方だった。


その後、何度もテレビでその方を拝見する。その度に、あの日の撮影現場を思い出す。

どんなに有名になっても天狗ならず、皆で素晴らしい作品を作ろうという情熱と、周りの人達への心配り。だからこそ、あの厳しい芸能界で、何十年も生き続け、素晴らしい演技を視聴者に届けられるのだと思った。

そう言えば、前回のNHKの朝ドラにもご出演されていたなあ。


それからも何本かもドラマや映画、舞台に出演させてもらったが、あの方ほど、人間的に素晴らしい方とは出会わなかった。画面を通して見ていると「いい人」と思える俳優さんが、実はとんでもない人だったというケースばかりだった。


俺のもう一つの顔でした。

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