俺の独り言(シニア男の本音トーク)のブログ

台湾東部、花蓮に家族で移住したシニア世代に突入した中年男の本音トーク。同年代に送り届けたい独り言。若い世代に残したい独り言。

恥をかいて人は成長するが、それには、恥を受け入れる環境が大切だ

台湾人や中国人は面子を重んじる。自分の面子を潰された時には、狂ったように怒り出す。そうなると誰にも止める事は出来ない。


日本人もどちらかと言うと、面子を重んじるよな。「顔に泥を塗られる」というのがその現れだろうなあ。


まあ、自分の面子を大切にすることは良いことだが、その面子を過大評価し過ぎてはいけないよな。でも、人間というのは、恥をかくことを極端に嫌う生き物だから、意外と自分の面子を過大評価している人が多い様に思う。


そりゃあ、人前で恥をかく事は嫌な事だけど、時には恥をかくことによって成長するって事もある。自分の間違いに気づかせてもらえることもある。


日本人は比較的外国語アレルギーの人が多い。英語も話せない人が多い。世界中を見渡しても、母国語だけしか話せない人の割合として、日本は上位に入るのではないだろうか。
これは俺なりの独自の解釈だが、日本人が母国語しか話せない大きな理由の一つに「人前で恥をかきたくない」という潜在意識が強いからではないだろうか。
俺は中国語は独学だ。中国語の学校へは行っていない。だから、時に、文法はめちゃくちゃな時もある。でも、声に出して話すからこそ、相手に通じる事もあるし、相手の中国語をしっかりと聞くから、自分の文法の間違いにも気がつく。
語学は恥をかいてこそ上達するものだ。どれだけ恥をかいたかで、その人の語学力がきまる。


俺のように、台湾に住んでいると、語学は必要不可欠なものだ。話せないと買い物も出来ない。なーんて思っているだろうが、それは大きな間違い。
俺の妻は未だに中国語は話せない。まあ、精々、5%程度しか話せないだろう。でも、一人で買い物にも行くし、必死に、自分の知っている単語を並べて話している。
最近まで彼女は、全て、俺が通訳するから安心していた。しかし、ある日を境に、俺は、あえて彼女を一人で買い物に行かせる様にした。俺は車で待っている。
理由は恥をかかせるため。あえて、恥ずかしいという立場に追い込んだ。すると人間というのは、不思議な力を発揮する。
自分を意志を相手に伝えたいがために、必死になる。
俺が彼女を一人で買い物に行かせる際に教えた中国語は「これは中国語で何といいますか?」という文章。
まあ、それまでも彼女は独学で必死に中国語の単語を覚えていたので、その知っているすべての単語と大阪弁とを駆使して、何とか無事に買い物を終了してきた。
恥をかいて度胸が付く。度胸が付けば面白くなる。面白くなれば成長もする。


でもそこで忘れてはいけないのは、恥をかいた人間に対する思いやりの言葉がけだ。
恥をかいた事を笑っているようでは、笑った相手も成長はしない。
その恥がどれだけ自己成長につながったかをきちんと説明し、その努力を称えてやる必要がある。これは、子供でも大人でも同じだ。


「恥をかく事を恐れるな」と幾ら言っても、その受け入れ態勢が出来ていないのでは全く意味がない。恥を受け入れる環境作りも忘れてはいけないことだ。


俺はそう思うけどなあ。

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