俺の独り言(シニア男の本音トーク)のブログ

台湾東部、花蓮に家族で移住したシニア世代に突入した中年男の本音トーク。同年代に送り届けたい独り言。若い世代に残したい独り言。

面白い日本をつくろうぜ!!

人は皆、「自分は正しい」と信じて生きている。

自分を信じることは大切な事だ。しかし、信じすぎるのは如何なものかと思う。


子供の頃大人から「ダメなものはダメなの」という言葉をよく聞かされた記憶はないだろうか。

子供心に「どうしてダメなの!」と感じる。しかし大人からは納得のいく説明もなく、ただただ「ダメ」と言われるだけ。


先にも述べたが、大人は自分は正しいという「ものさし」ですべてを判断する。今まで生きてきて、色々な経験をし、その経験から「ダメ」を判断する。

俺も同じだ。しかし、子供にはそれがわからない。だからこそ、一つ一つの事柄に対し、「何故なのか」という具体的な説明をしてやる必要があるのだ。この具体的な説明を大人はよく省いてしまう。自分はわかっているから、その事をいちいち説明するのが面倒だからだ。

一方子供は、具体的な理由がわからないまま、一方的に「ダメ」と言われた事に反発する。その結果、自分自身が傷ついたり、他人を傷つけたりしてしまう。


家族間の出来事でも、学校内での出来事でも、大人はもっと真剣に子供に対し向き合い、子供目線で説明をしてやることが必要だ。子供を説得するのではなく、納得させる必要がある。これは大人の責務だと俺は思う。


社会に出てからも同じだ。自分の考えに賛同する部下は可愛いが、反発する部下は嫌いになる。会社は仲良しクラブではない。真剣勝負の連続の場だ。しかし、上司は自分の考えに忠実に従ってくれる忠犬ハチ公みたいな部下を傍に置きたがる。

部下も上司の機嫌を取ることが仕事の様に思えてくる。だから、市場=お客様の立場になって物事が考えられなくなり、「いったいお前さんは誰のために仕事してんだ!!」と言うような企画ばかりが出てくる。


同年代のシニアオジサン達よ、若い人たちの意見、考えをもっともっと聞こうぜ。確かに彼らの経験値は低い。しかし、だからこそ、目も心も澄んでいる。彼らが疑問に思う事を解決出来ないようならば、その部署、その会社は終わりだね。

俺達にも彼らと同じような時代があった。その時の気持ちを思い出してみないかい。

自分の意見は一切通らず、年功序列の会社組織の中で、ただただ毎日、上司や幹部の考えたことを、ロボットの様にこなしていたあの頃。

俺達では考えもつかないような、新鮮で、奇抜なアイデアを若者たちは持っている。

それを導き出し、実現させていくことが、俺達シニア世代の最も重要な仕事じゃないかなあ。


自分とは全く真逆な人間もその中に取り込んでいかないと、結局は、何の進歩も進展もない部署、会社で終わってしまうぜ。


俺は会社経営というフィールドからは完全に引退した人間。だから偉そうな事は言えないが、今の日本、もっと面白い会社が誕生して欲しい。奇抜なアイデアを次々に打ち出し、実現させる会社が誕生して欲しいねえ。

今の日本の会社、何か面白さに欠けるように思う。どこの会社を見ても、似たり寄ったりの会社ばかり。だから、人も同じように、似たり寄ったりの人ばかりになっている。


たまに目立つ経営者が出て来たかと思えば、マネーゲームばかりをしている様な奴ばかり。そうじゃないだろうと俺は思う。


俺が嫌いな言葉に「前例がない」とか「今までの経験から判断して」という部類の言葉。

また、「あれもダメ、これもダメ」「会社の規則だから」これも嫌だねえ。嫌いだ。

だらか俺はサラリーマンとしては失格の人間だ。

確かに、会社の規則通りに生き、前例のないことには手を出さず、今までの経験で失敗したことには挑戦せず、ダメなものはダメと変に自分を納得させる事が、波風立たず、無難な人生の過ごし方なのかもしれない。こういった生き方を俺は否定はしない。

逆に、その王道をわき目を振らず突き進むという事に尊敬する。


しかし、俺は嫌だ。アリの様に一列に行列作って進むよりも、例え、途中で奈落の底まで落っこちたとしても、そこからまた這い上がってくる。ドロドロになり、ボロボロになっても、自分は自分らしく生きると決めたのだから。


ありゃ?また話が脱線したかなあ。

読んでくれてる人には申し訳ないですね。次から次へと話題が変わって。


今回言いたかったことは、自分の価値観だけで物事を判断しないで欲しいという事。

若者たち、子供達の声にしっかりと耳を傾けて、面白い日本を作って欲しいという事。

自分磨きに手を抜くな!

我が同世代のシニアオヤジ達よ、あんたは家の中で尊敬されてるかい?頼りにされてるかい?


俺たちが子供の時って、大人の男は何でも知っている、何でも出来るスーパーマンの様な存在に思ったよね。

女性が持てないような重いものでも、平気な顔をして持ち上げる。夏休みの宿題も、夏休み終了間際になると、父親が次から次へとわからなかった問題の事を解いてくれたものだ。そうそう、工作なんてものは、父親が作った作品を学校へ持って行くといっても過言じゃないほど、ほとんどが父親が作ってくれたものだった。


俺が強烈に印象に残っているのは、小学校1年か2年の夏休みの図画工作の宿題で、卵の殻に色を塗り、それを細かく割り、モザイクのようにして「リス」を描いた。

学校へ持って行くと、みんなが「すごい!!」って褒めてくれたっけなあ。

もちろん、ほとんどが父親の作品。俺は、父親に言われるがままに卵を貼っただけ。

それから数十年後、今度は息子の夏休みの宿題に同じことをやった。今度は「リス」じゃなくて、「ピカチュウ」だったけどね。


俺はこのブログで何度か「カッコよく」という言葉を使っている。そして、まずは外見が大切だと言ってきた。

外見が整ったら、今度は中身だよな。中身がなければ、単なる色ボケしたおっさんになっちまう。

中身を磨くにはどうすればいいのか。色々な書物を読み、知識を身につける。これは当然大切な事だ。これは俺の考え方だけど、自分の専門分野の知識は広く深く身につける必要がある。しかし、専門外の事は広く浅く身につける。

そのためには、色々なことに興味を持つ姿勢だと思う。

男としてどれだけの雑学を身につけているか。専門家バカにだけはなって欲しくないよ。


雑学を身に付けるためには、それなりにお勉強も必要だ。先にも述べた様に、色々なジャンルの書物を読んだり、色々なジャンルのテレビを見る。

スポーツ新聞読んでる時間があるなら、別の新聞読もうよ。

酒飲んで帰る時間があるんだったら、早く家に帰って、本読むなり、テレビ見るなり、羅ラジオ聴くなりして、雑学を身に付けよう。酒で腹回りに身をつけるよりも、脳みそに身を付けることに時間を割こうよ。


昔からよく言われている「おばあちゃんの知恵袋」もその一つだ。生活の中で役に立つ様々な知恵。知識だけではダメ。知恵ってすごく大切なんだよな。

いくら知識が’あっても、それを活用するための知恵がなければ、結局はその知識は何の役にも立たないのだから。


妻や子供に尊敬される男でいたいよな。そのためにも、男として努力することが大切だよな。

努力をしなくなった男は終わりだ。

家族に尊敬されない男が外で本当に尊敬されるのだろうかね。俺はそうは思わない。


妻の前でいつまでも「カッコいい旦那」でいたいと思うだろう。


だったら、自分磨き、手を抜かずにしっかりとやろうぜ!!




贅沢な時間を過ごせる趣味を持とうぜ!!

ゴルフ、釣り、登山、ジョギング、ウォーキング等々、人には色々な趣味があるよな。

俺の趣味は、ドライブ。車、バイク、どちらでもいい。行先なんか決めず、気の向くままに車やバイクを走らせる。もちろん助手席には妻。


夏場の台湾東海岸線なんて、もう最高だ!!嫌な事もぶっ飛んでいく。


ところで、趣味が仕事って人もいるよな。実は俺もそうだった。仕事以外の事には何の興味も持たなかった時期もあった。その時はそれで満足していた。

まあ、自分が満足しているんだから、ストレスには感じないのだろうが、実は、気が付かないうちに家族との距離は離れていく。これはダメだ。絶対にダメなことだ。

その事に気付くのに俺はそれなりの時間が必要だった。


俺は35歳で日本へ戻り、生まれて初めてのサラリーマン生活を始めた。その後、独立して、自分の会社を興した。顧客ゼロから始めた会社であったが、運よく、会社は順調に売り上げを伸ばしていった。仕事の依頼も多く、固定客も多かった。

売り上げもそれなりにあり、お金もそれなりにあった。

一日12時間以上仕事というのは当たり前だった。繁忙期になると、一日3時間ほどの睡眠というのが何日も続いた。年末年始も元旦の明け方まで働いていた。

当時、俺のいた業界は景気の景況を受け、どこも売り上げが下がり始めていたが、俺の会社は常に右肩上がりだった。

しかし、俺は「何かが足りない」といつも感じていた。それが何であるか、その答えはなかなか見つからなかった。


そんなある日、仕事が予定より早く終わり、何を思ったのか会社とはまったく逆の方向へハンドルを切った。その道は以前から知っていた道だが、道の先に何があるのかは知らなかった。最初は舗装されたきれいな道だったが、次第に道は細くなり、舗装も凸凹になって来た。そして遂に地道に変わり、車一台がやっと通れるほどの狭さになった。

Uターンするにも場所がない。バックで引き返すことも出来たが、そこは冒険心旺盛な俺。行けるところまで行ってやろうとさらに先へと進んだ。

時間にして1時間か2時間ほど走ったかなあ。道が行き止まりになっていた。

車を降りて、その先の獣道へと入って行った。しばらく進むと、急に視界が広がった。

眼下には街の灯りが。とてもきれいな景色だった。

俺はしばらくその景色を眺め、車に戻った。その時だった。今の自分に足りないものが何であるかに気付いた。

心の余裕だ。自分の心を見つめる余裕を俺は失っていた。

日々の仕事に追われ、とにかく先へ先へと進むことばかりに専念していた。

その結果、自分の心を見つめる時間までをも仕事に変えていた。

「このままでは俺は俺でなくなる」という気持ちでいっぱいになった。


この俺の心を真っ先に読み取ったのが妻だった。


その日の夜、いつもの様に夕食後、妻と二人でくつろいでいる時、妻が突然「あなた、本当に何がしたいの?」って聞いてきた。あまりにも突然の質問に俺は考える余裕すらなく、思わず口から出た言葉が「台湾へ帰りたい」だった。「行きたい」ではなく「帰りたい」だった。


自分でも気付かなかった、いや、完全に心の奥底に封印していた「もう一度台湾で」という気持ちを妻は気付いていた様だった。


それからは家族会議を何度も開き、その結果が今の暮らしだ。


俺は妻に感謝している。もしもあの時、妻からの一言がなければ、今の俺は存在しない。


台湾へ来てからは、時間があれば妻と二人でドライブに出かけている。天気のいい日はバイクで花蓮の風を全身に感じながら走る。

景色のいい場所でバイクを停め、そこで妻と色々な話をする。

家の中でもよく話をするが、外だと気分も変わり、新しい発想も出てくる。

妻と一緒に過ごせる、俺にとっては最高に贅沢な時間だ。俺の宝の時間だ。


今は病気療養中で、家でおとなしく引きこもり生活をしなければならないが、治ったらまた、妻と一緒にドライブに行くことが今の楽しみだ。


同年代のオジサン達、妻と一緒に過ごせる贅沢な時間を大切にしようぜ。そのためにも、自分だけが楽しめる趣味以外に、夫婦で楽しめる趣味も必要だぜ。